「部屋とYシャツと私」でおなじみの平松愛理さん。
過去には、結婚や離婚、がんの病気も経験するなど、波乱万丈な人生を歩んで来られたようです。
今回は平松愛理さんの結婚や離婚、現在の娘さん、過去の病気についてまとめました。
目次
平松愛理のwiki風プロフィール

- 生年月日:1964年3月8日
- 出身地:兵庫県神戸市須磨区
- 身長:158cm
- 血液型:A型
- 職業:シンガーソングライター
- 所属事務所:ひらまつ堂
平松愛理さんは『部屋とYシャツと私』で大ヒットし、一躍有名になりましたよね。
平松愛理が結婚したのは清水信之
夫・清水信之の職業は編曲家

平松愛理さんの旦那は、清水信之さんという方です。
落ち着いた雰囲気の方ですよね。
清水さんが編曲を務めた楽曲は多岐に渡り、平松さんの『部屋とYシャツと私』も手掛けています。
<清水信之が手掛けた楽曲>
- クリスマスキャロルの頃には/稲垣潤一
- セロリ/セロリ
- 不思議なピーチパイ/竹内まりや
- 部屋とYシャツと私/平松愛理
平松さんはシンガーソングライターなので、編曲家である清水信之さんと接点がありました。
同じ業界の人間として、接しやすい部分もあったのでしょうか。
平松愛理と清水信之の馴れ初めは?

平松愛理さんと清水信之さんの出会いのきっかけは、共通の友人の結婚式でした。
しかし、平松愛理さんが清水さんとはじめて出会ったときの印象は「最悪」と語っていました。
実は友人の結婚式会場だったにも関わらず、平松さんは初めて会った清水さんに言われ放題だったそうです。
<平松愛理と清水信之の最初の出会い>
- 友人の結婚式で初めて出会う
- 新郎新婦に向けて歌を歌うも「持ち歌か!」と清水に言われる
- 平松は「何がいけないんだ」と清水に腹を立てた
新郎新婦を祝福する気持ちで歌を歌ったのにも関わらず、清水さんからは強くそれを否定されてしまったようですね。
平松さんは清水さんに最悪な印象を抱き、最初の出会いはとても良いものとは言えませんでした。
平松愛理と清水信之は1994年に結婚

平松愛理さんと清水信之さんは1994年に結婚を発表しました。
平松愛理さんと清水信之さんは1994年1月29日に、結婚式を挙げています。
1994年は平松愛理さんの大ヒット曲「部屋とYシャツと私」の発売から2年後のことです。

結婚発表時、平松さんは清水さんのことを以下のように表現されていました。
平松愛理「海のような空のような人」
シンガーソングライターらしい表現ですね。
「海のように空のように心が広い人」という意味だと思われます。
そんな清水さんに、平松さんは次第に心を惹かれていったのでしょう。
結婚後は、二人は夫婦円満だったそうで、2004年のライブでは、旦那の清水さんが平松さんのサポートを務めたこともあります。
平松愛理は2005年に清水信之と離婚

結婚生活が順風満帆かと思ましたが、平松愛理さんと清水信之さんは離婚してしまいました。
平松愛理さんが旦那の清水信之さんとの離婚を発表したのは2005年のことです。
離婚当時、平松さんは旦那の清水さんとの離婚理由について以下のように語っていました。
平松愛理「子育てや仕事が忙しくなり、すれ違いが起こった」
芸能人夫婦によくありがちな離婚理由です。
ただ、二人の離婚は円満離婚で、喧嘩やトラブルが起きたわけではありません。
2005年に離婚した平松愛理さんはその後も再婚はせず、現在も独身生活を送っています。
平松愛理と清水信之の娘について
平松愛理の娘の現在の年齢は?

すでに清水さんと離婚している平松愛理さんですが、旦那との間には子供が一人います。
平松愛理さんは1996年に第一子の娘を出産しています。
旦那さんと結婚して2年後に子供を授かったということですね。
娘の名前は、「初一音(はいね)」。
随分と珍しい名前ですね。

ちなみに、離婚後に親権を持ったのは平松愛理さんです。
平松さんの現在の年齢ですが、初一音さんは1996年生まれなので、23歳です。
娘さんはすでに成人していて、現在は一般人として生活されています。
平松愛理の娘の幼少期について

平松さんの娘はまだ幼かった頃、平松愛理さんのライブに参加したことがあります。
ライブ会場でグッズ販売のお手伝いをしたり、ファンとコミュニケーションをとったりもしてました。
また、2008年に行われた平松愛理さんのライブでは、娘がステージに立ち、楽器を演奏するというパフォーマンスをしたこともあるそうです。

娘の楽器演奏の才能は凄まじかったようで、その場にいたファンは、さすが平松愛理さんの子供だと関心されたとのこと。
平松愛理さんのDNAを受け継いでいるのに、娘が歌手にならなかったことは残念ですね。
ただ、趣味で楽器を奏でることは多いそうです。
平松愛理は娘に向けて曲を作ったことも

平松愛理さんはラジオ番組で自分の娘の才能について語ったこともありました。
その際に、平松さんは娘のことを「何かをつくることには向いているけど、音楽家や芸能人には向いていない」と発言してました。
しかし、平松愛理さんは娘のことを溺愛しており、3曲、娘に向けた曲をつくっています。
- 『Dear My Baby』ー娘を出産したばかりの頃につくった曲
- 『夢について~ハイネの日記』ー娘の名前をとった曲
- 『シングルマザー』ー娘を思いやる気持ちを込めた曲
平松愛理さんがいかに娘を愛しているかが伝わってきますね。
ただ、娘からすると、母が自分のことを唄っている曲を聴くのは恥ずかしいそうで、初一音さんは苦手だと話していました。
平松愛理の現在の病気の容体は?

平松さんは旦那さんとの結婚後、1996年には子供を出産後、子宮に関連する病気が発覚しました。
病名は「子宮内膜症」。
その結果、2001年子宮を摘出する大きな手術をしているそうです。
さらに、半年後には乳がんが見つかり、病気のため活動休止を迫られてしまいます。
治療に専念していましたが、闘病中に離婚したので当時の苦労は計り知れないものがあります。

現在は病気も完治し、音楽活動を続けています。
2019年8月29日にはデビュー30周年記念シングル「部屋とYシャツと私〜あれから〜」が発売されました。
現在55歳の平松愛理さんですが、今後も末長く活音楽動を続けていって欲しいですね。