映画『ジョーカー』のラストシーンが物議を醸しているようです。
ジョーカーがラストに放った「ジョークを思いついた」、この一言をどう解釈するのかがポイントになります。
今回は『ジョーカー』ラストのネタバレ考察をご紹介致します。
目次
『ジョーカー』ラストシーンのあらすじ

『ジョーカー』のラストでは、ジョーカーは精神科と思われる病棟の面談室に収容されていました。
手錠をかけられた状態でカウンセリングを受けていましたが、またしても突然笑い始めます。
カウンセラーから「何がおかしいのか?」と聞かれたジョーカーは
「面白いジョークを思いついた。理解されないだろうけど」
と口にします。
その後、ジョーカーはダンスをしながら病棟の奥へと進んでいき、ジョーカーが歩いた後にはべっとりと血にまみれた足跡が残されていました。(この血はカウンセラーの血と推察)
最後には病棟の奥のほうで何かから逃げるジョーカーの様子が描かれていました。
この一連のラストシーンにはどんな意味が隠されていたのでしょうか。
『ジョーカー』ラストのネタバレ考察
①「全てがジョーカー(アーサー)の妄想だった」説

『ジョーカー』ではアーサーの妄想が数多く描かれていました。
- アーサーが母親から愛情を受けていたシーン
- クラブのコメディーショーで大ウケするシーン
- シングルマザーのソフィーと仲睦まじくデートするシーン
こういった妄想のシーンが多かったことから、そもそも『ジョーカー』という映画自体がアーサーの妄想だったのではないか?という説です。
しかし、この説には1つ大きな矛盾点があります。
劇中ではアーサーの妄想と対比するかのように、現実としての描写もありました。
- 実際はアーサーは母の息子ではなく養子で、虐待も受けていた
- 実際はクラブでは全くウケていなかった
- 実際はソフィーはアーサーの名前くらいしか知らなかった
つまり全てがアーサーの妄想ではありません。
さらに、マレー・フランクリンのラストシーンも現実を強調しています。
無数のブラウン管が並ぶシーンがありましたが、これは第三者の視点から見せていると考えられます。
つまり、アーサーの主観ではなく、現実に起こった悲劇ということを示唆しています。
以上のことから、全てがアーサーの妄想だったという考察は劇中の描写と乖離があると思われます。
②「バットマンに対するジョーク」説

バットマンでは、トーマス・ウェインの息子、ブルース・ウェインが登場していました。
実はブルース・ウェインはバットマンの本名なんです。
つまり、この事件が両者の因縁に結びついています。
また、『ダークナイト』でジョーカーは、「なぜジョーカーは現れるのか」という問いに対して、「バットマンがいるから」と答えていました。
ジョーカーにとって、犯罪は一種のジョークでしかありません。
「ジョークが思いついた」というのはある意味バットマンへの宣戦布告とも受け取れます。
それらを基にラストシーンのジョーカーの行動を考察すると、
- 脱獄したのは、”ジョーク”を実行に移すため
- 何かから逃げるようなジョーカーの様子はバットマンや警察との掛け合いを描写している
DC作品ファンよりの考察ではありますが、一考の余地はあるのではないでしょうか。
ホアキン・フェニックスがラストについて明かす

ジョーカー役のホアキン・フェニックスが『ジョーカー』のラストについて明かしていました。
ホアキンは「エンディングの曖昧さが好きだ」と語りました。
ホアキン・フェニックスがジョーカーの結末を気に入っている理由は「簡単な答えがない」ことのようです。
つまりは、『ジョーカー』ラストの描写は明確な答えはない。真実や答えは視聴者次第ということですね。
『ジョーカー』ラストのネタバレ考察まとめ
『ジョーカー』ラストのネタバレ考察をまとめると、考察としては
「バットマンに対するジョーク」説が最も妥当であると思われます。
しかし、ホアキン・フェニックスが語っているように、ラストシーンに対する明確な答えはありません。視聴者次第です。
面白そうな考察が判明次第、追記したいと思います。